菩提山長谷寺について

【菩提山長谷寺について】
宗派:真言宗智山派
本尊:十一面観世音菩薩(十一面観音像)[じゅういちめんかんぜおんぼさつ]
甲斐国三十三ヶ所霊場巡り 第14番札所

【菩提山長谷寺の成立と歴史】

史料によると、養老年間(717~724年)の722年、行基によって創設されたと記されています。
平安時代(806~1185年)には、山嶽仏教の殿堂、真言密教の霊場として知られ、
後期になると「千坊」と呼ばれるほど寺院があったといいます。


平安時代末期には、現在の甲州市勝沼にある柏尾山大善寺と争いが起こり、
現在も続く「鳥居焼(とりいやき)」と「笈形焼(おいがたやき)」の元となったと
されています。(詳細は他のサイトにたくさんあります)
安土桃山時代の1582年、
武田家滅亡の折に織田・徳川連合軍が侵入し、
兵火により伽藍を焼失したとされています。
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【なぜ檀家がないのか】
亡くなった人々のお骨を埋葬して供養する「三昧場(さんまいば)」として、共同墓地の
ような役割を果たしていたといわれています。
そもそも檀家制度は、江戸時代に寺院(僧侶)が安定的な収入を得るための手段の
一つであり、葬式・法事のみで縛られ、希薄な関係になっているところも少なくありません。
菩提山長谷寺に集う人たちは「檀家」ではありません。
「信徒」なのです。

【現在の菩提山長谷寺の姿になるまで】
平成4年、黒川宥元さんがご住職を拝命されます(現在もご住職です)。
チェーンソーを購入し、人が来られる場所にしようと「山師の真似事」ばかりされていたそうです。
紅葉(もみじ)の木を残して、いらない木を切っては片づけ、を繰り返す日々。
すると・・・ご住職の手つきの危なっかしさに手を貸す方たちが現れました。
木を切り始めたら、近所の人さえも「あんなところにお寺がある」と気づいたそうです。
そして、自治体の支援を得ることができ、本堂が修復されます。

その後、信徒により金剛力士像が寄付されたり、ウッドデッキが創設されたりしています。
また、ほぼ毎日のように訪れては、山林整備をしている信徒もいます。

みんな、それぞれに菩提山長谷寺への思いがあり、できることをしています。
≪詳しくは「山寺護り人」とは